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小山田信茂は、主君を裏切った罪で信長が手ずから斬った。
これが小山田を斬った刀としばらく自慢してから、配下の者に与えるだろう。
「俺の親父は、きれいだったよ。御館様、御館様で母上のことなんか眼中になかった。俺の親父、お前の親父から浮気の侘び状まで取ったんだぜ? 自分の父親を追放して家督を簒奪、わが子を殺して家督を守った男からよく侘び状とったよ。たいしたもんだろ。女と何人子供作ろうが浮気じゃないけど、ほかの男と寝るのは浮気って理屈がわからねぇけどよ」
香坂が松丸君の耳元でささやいた。
「わかるわけないだろ、そんなの」
松丸君が身をよじる。
「だよな。親父が床に伏せってから、毎日毎日、母上は看病に明け暮れた。親父は死ぬまで毎日、母上と俺に、御館様の侘び状を朗読させたよ。親父は、死んでもきれいな人だったよ。母上は床の間の飾りさ。親父は、ずっとただ1人のことを思い続けて幸せに死んださ。おまえなら、おまえに命簿をささげたら(みょうぶをささぐ。いのちをかけてつくす)、俺も親父みたいにきれいに死ねるのか? 武田の血なら俺の全てを満たしてくれるのか? おまえなら俺を許してくれるのか?」
香坂が松丸君のあごをおさえ、唇を近づけた。
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