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精強武田軍は、七年前の長篠の戦いで織田徳川連合軍の野戦城の銃火を浴びて、大惨敗を受けた。武田の軍勢の三人に一人が死んだのだ。香坂の長兄も戦死した。
刀槍を弾く先祖伝来の重い鉄の兜が鉄砲で撃ち抜かれてしまう。戦国時代にゲームチェンジャーが起こったのだ。どうせ死ぬなら、ド派手に。それまでも奇抜な出で立ちをしたバサラな男たちはいた。ハリボテの奇矯な飾りつけをされた変わり兜が流行したのだ。
衣装は、派手に、ド派手に。鎧を身に着けない武者を素肌武者と呼ぶようになった。素肌とは言うがマッパではない。鎧を身に着けず、着飾り斬死にを選ぶ者たちも現れた。
『ひどい、髪だ。手入れというものを知らんのか』
『なんという醜い眉だ。あれで、ものになるのかのう』
『肌も悪(わろ)し』
『歯も唇もぜんぶいちからだな』
『手芝居、目芝居。色目使いも最初から仕込まねば』
雪の藪の中から男たちの声がした。
『それもこれもわれら化粧衆(けわいしゅう)の手にかかれば』
『ひとたびまなざしを傾ければ』
『城を傾け』
『ふたたびかえりみれば』
『国を傾け』
『強き男が統べる国であればあるほど』
『寝盗れるものもでかくなる』
『森蘭丸は織田信長から美濃の国三万五千石を寝盗ったぞ』
『われらの腕をもってすれば』
織田の進軍を拒む豪雪の甲斐路を踏み分ける香坂を、品定めする男たちがいた。
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