第一章 脱出 甲斐の国

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「勝頼の馬鹿が、甲斐の国中から集めた人質三百人! 新府城の三の丸に詰め込んで火をつけやがった! おかげで、甲斐の国中の人間が、あんたのことを恨んでる! 殺したがっている! 高天神城の救援に行っていたら、こんなことにはならなかったんだ」  武田勝頼は、天正九年の徳川の高天神城攻めに救援を送らなかった。信長との和平に一縷の望みを託していたからだ。信長は、和平をする気などさらさらなかった。  後詰(ごづめ)。後詰こそが武将の信頼の根幹だった。武田に仕える武将たちは、敵から攻められたら武田が助けに来てくれると信じているからこそ、武田に忠誠を誓うのだ。  信長が桶狭間の戦いで今川義元に絶望的な戦いを挑んだのも、後詰の戦いだった。  今川義元の大軍が次々と砦を攻略してゆく。後詰をしなければ、救援をしなければ、皆が離れてゆく。次々と配下の戦死の報告が届く中、信長は叫んだ。 「馬を曳(ひ)け」と。信長は、熱田神宮に駆け、軍勢が追いつくのを待った。  軍勢が自分に本当についてくるのか。生きた心地はしなかっただろう。  勝頼と信長。男の器量の差だった。ここ一番にカッコをつけられるかどうかだった。     
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