第一章 脱出 甲斐の国

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「奥平攻めのときにも、鳥居強右衛門を許してやればよかったんだ。磔にされてまで城中に援軍到来を叫んで知らせたんだ。あれほどの男、武田にいるか? 許して撤退すれば、何たる器の大きさよと美談として名を残せたんだ。許すことが出来ず、負け戦で武田の男の三人に一人が帰ってこないような手ひどい負け方をしたんだ。俺の兄者も帰ってこなかった。人を許さない男を俺は主に持つ気はねぇ。おまえに人を許せることができるか?」  松丸君が緊張で青ざめた顔でうなずく  長篠の戦いの時もそうだった。武田を裏切り、徳川に寝返った奥平を長篠城に攻めたのがきっかけだった。あともう少しで落城と言う時に、奥平氏は、徳川の岡崎城へ鳥居強右衛門(すねえもん)を後詰の要請の使者にたてたのだ。鳥居強右衛門は夜陰に紛れ、武田の包囲をくぐりぬけ、岡崎城へたどり着いた。援軍に来ていた信長は、援軍に向かうと約束した。長篠城へ朗報を伝えようと戻ってきた武田は、鳥居強右衛門を捕らえた。  長篠城へ織田徳川の援軍は来ないとウソを言え、と言われた鳥居強右衛門はしかし、援軍は来ると大声で叫んだ。勝頼は怒り、鳥居強右衛門を磔(はりつけ)にして、見せしめにした。勝頼は、許さない男だった。もしこの時、鳥居強右衛門の勇気をあっぱれと褒め称えて、解放していれば。勝頼は、男を上げただろう。そのまま撤退していれば、粋な大将としてメンツを保てていたはずだ。倍の軍勢の織田徳川に戦いを挑む必要もなかった。  勝頼はカッコをつけられない男だった。     
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