第一章 脱出 甲斐の国

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 真田昌幸は、新府城建築の普請奉行だった。巨大な新府城を築き、織田徳川の大軍を迎え撃つ。それは勝頼の奥方の北条氏の戦い方だった。常に敵国の領土で戦う。甲斐の国の武田の男たちには、納得できない戦い方だった。織田徳川の軍勢と戦いもせずに城にこもって、田畑を荒らされるのを黙って見ているなど、男の風上にもおけない。  勝頼は建築中の新府城に立てこもろうとした。甲斐の男たちが、勝頼の旗に馳せ参じるのを待っていた。誰も来なかった。織田軍が勝頼の故郷の諏訪の街を焼き払うのを、勝頼は黙って見ていた。逃げたのだ。諏訪家の当主、頼豊は、勝頼から冷遇されていた。家臣たちは織田への降伏を勧めたが、武田への忠義を尽くして討ち死にした。勝頼は救援を送らなかった。織田信長は朝廷を動かして、武田を朝敵とした。浅間山まで噴火した。誰もが武田の滅亡を疑わなかった。北条まで攻めてきた。勝頼は新府城に立てこもろうとした。配下の者は誰も新府城に来なかった。  勝頼は、新府城を逃げる時に、甲斐の国中から集めていた人質三百人を三の丸に詰めて焼き殺した。ここで人質を逃していれば、恩にきた人々が勝頼の逃亡を助けてくれたかもしれない。勝頼は、カッコをつけられない男だった。さらに、選択肢がいくつかある中でいつも最悪な選択肢を選ぶ男だった。  途中まで一緒に逃亡していた真田昌幸が自分の領地へ逃げることをすすめたのを断ったのだ。     
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