「あの頃の夏を」

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 フワリと何かが肌をなでた。  風だ。  横を過ぎたと思ったが、しかし、しばらくすると戻ってくる。  私は目を開けた。  そこにあったのは、扇風機だった。  気だるげに首をふっている。  チクリとした感触に、視線を下げる。  私が座っているのは畳の上だった。  顔を上げれば縁側が目に入る。  すだれの向こうは明るいが、私のいる空間は、良い具有に日陰になっていた。  それでもやはり暑くて、ジワリと汗が浮かんでくる。  ミーン、ミーン、と威勢の良い蝉の声が響き渡る。  と、そのとき。  コトン、と音がした。  見れば、座卓の上に、カキ氷。  粗く削られた氷の上には、赤いイチゴのシロップ。その氷に刺さっているのは、カレースプーン。  その、若干情趣の欠ける一品にも、私は思わず笑みをこぼす。  ああ、これは幼いころ、祖母の家で食べたカキ氷だ。  扇風機が氷を溶かす前に、と私はスプーンを手に取る。  掬い上げた拍子に、ほろほろと氷が零れた。  それを気にせずに、大きく口を上げてスプーンにかぶりつく。  途端に広がる冷たさと、甘味。  キン、と頭に突き抜ける痛みに目をつむる。  しかし、それすらも私にとっては心地よかった。  暑さの中の冷たいカキ氷。夏の景色。  なつかしい。  私の胸は、その思いで満たされる。  目を細める。  扇風機の風が溶かしたのだろう、氷が溶けてクシャリとその赤い頂上が崩れる。  そこで、ハタと思う。  私はどうしてここにいるのだろう。  祖母はもう、何十年も前に他界したのに。  チリン、チリン、と微かに軽い音がした。  チリン、チリン、とガラスの音をたてて。  つるされた風鈴は、涼やかに向こうを透かす。  透明なガラス、その丸み。青い朝顔の模様。  それをぼんやりと眺めた。  ゆらり、と視界が閉じた。
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