「あの頃の夏を」

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 耳に届いたのは、聞き覚えのある曲節だった。  ああ、これは、盆踊りの音頭だ。  ザワザワとした空気。  そのざわめきがだんだんと鮮明になる。  顔をなでる熱気。  視界が開ける。  目に映ったのは、橙色の光が鮮やかな世界だった。  無数の提灯がつるされ、両側に屋台。そこからかけられる威勢のいい声。  カラン、カラン、という足音は、きっと誰かの下駄の音。  浴衣姿の女が横を通り過ぎていく。白地に紫の撫子の花が目に鮮やかだ。  見上げれば、すっかり藍に染まった空。うっすらと見える雲が、その藍色の中に模様を作っている。  鼻をくすぐったのは、ソースの焼ける香ばしい匂い。焼きそばだろうか、たこ焼きだろうか。  耳に届いたのはパン、と響く音とそのあとの、パコンとした間の抜けた音。きっと、射的の音だ。  ゆらりと露店の一つをのぞく。  水槽を泳ぐ金魚。水色の世界に赤。バチャリ、と音。ポイの白い紙を破って、小さなそれが水に戻った。途端、あーあ、という子供の残念そうな声。  どこかで見た、夏の夜の景色。  ドーンという一際大きな音が響いた。わあ、と歓声が上がる。  ドーン、ドーンと続けざまに。暑い空気を揺らしていく。  夜空を彩る花火だった。  次々と、大輪を咲かせていく。  なつかしい。  私の胸は、その思いで満たされる。  目を細める。  上空を彩った花火が、光の尾を引き、消えていく。まるで何かを惜しむように。  そこで、ハタと思う。  私はどうしてここにいるのだろう。  夏祭りなんて、もう何十年も縁遠かったではないか。  チリン、チリン、と微かに軽い音がした。  チリン、チリン、と澄んだ音。  熱気と歓声とざわめきの中で、それでも確かにその音が聞こえた。  小さいはずのその音は、段々と大きくなり、私をいざなっていく。  ゆらり、と視界が閉じた。
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