「あの頃の夏を」

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 静かな、静かな空間だった。  広がっていたのは青い世界。  息を吸い込めば、肺を満たすのは生温い空気。  降り注ぐ日差しに体が焼かれているかのようだ。  私は目を瞬く。  ザアッと何とも言えない低い音が流れ込んでくる。  ああ、海だ。  私が立っていたのは波打ち際だった。  砂浜の白に跳ねかえる日差しの痛みに耐えかねて、私は波へと足をつける。ジワリと、微妙な温さに思わず眉をよせる。  吹き出す汗が止まらない。ダラダラと頬をつたい、首をつたい、背中をつたっていく。その不快感に私は顔をしかめる。  砂浜は、ただ、白かった。  海は、ただ、青かった。  青い空に、真っ白な入道雲がそびえていた。  人影はなく、そこには私だけがいた。  降り注ぐ日差しの中、その静寂の中、誰もいない海を前に、一人、立っていた。  チリン、チリン、と微かに軽い音がした。  チリン、チリン、と弱弱しい音。  涼しさなんて感じないその音は、不思議な余韻を残して消えていった。
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