第3話 軽井沢デート

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ロビー左手奥にあるカフェテラスは、大勢の人達が食事の順番を待っていたが、小暮さんは多分、何度か来たことがあるのだろう、慣れた様子でそのままギシギシという階段を登って、2階のメインダイニングに私を連れて行った。 メインダイニングは天井が高く、凝った装飾で、威厳があり、静かだった。小暮さんは私の好みを要領よく聞いて、フレンチのコースを選んでくれた。 このような、ほんの少し胸のあたりまで手を上げれば、それに気づいて直ぐにウエイターが飛んできてくれるような所では、小暮さんは堂々としていてとても頼りになる。 反対に私は、こういう所へ来たことがあまりないので、借りてきた猫になる。 でも、8月初旬に私が連れて行った店員が忙しく動き回る居酒屋では、小暮さんは店員にオーダーの声を掛けられず、オロオロ、キョロキョロしていた。小暮さんが困っている姿を見て、なんだか笑ってしまったのを覚えている。 こんな騒がしい居酒屋で、黙って小さく手を上げたって、誰も気づいてくれるわけがない。こうしなきゃ。心の中で、そう言ってから「すみませ~ん!」と大きな声を出し立ち上がるように手を振って店員を呼ぶ私を、小暮さんは頼もしく見ていた。     
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