きみ、思ふ

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「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」 先生が詠む短歌は淡い色が付いたように思えた。短歌は美しい。それを教えてくれたのは紛れも無い、先生だった。 「これは小野小町の詩。簡単に説明すると ‘花の色と共に私の美貌も衰えてしまった。思い人からの連絡は来ないままま’という意味」 「ふーん、なんだか切ないね」 「そうね。先生共感しちゃうわ」 艶やかな甘栗色の髪を耳にかけながら微笑んだ。 「先生はまだ綺麗だよ!」 教室の誰かが言った。先生は困ったように眉を下げると首を横に振って否定した。先生は先月二十六歳の誕生日を迎えたのだ。 去年この高校に赴任してきた先生は、その容姿と優しさで男女問わず生徒から人気を集めていた。 端麗な容姿、透き通るような声、洗練された仕草。 気付けば先生の持つ魅力全てに惹かれている自分がいた。 * 俺はその日忘れた参考書を取りに、来た道を引き返して教室に向かっていた。 何故か教室は施錠されておらず、不思議に思いながらもドアを開けた。 するとそこには、窓の外を眺める先生がいた。気配に気づいた先生はこっちを振り返ると、驚いたように瞳を丸くさせた。 「びっくりした、どうしたの?」 先生の髪は開いた窓から吹き込んだ秋風にさらさらと揺れた。 「参考書忘れちゃって」 「意外とおっちょこちょいなのね」 ふっと笑った先生。急に恥ずかしくなって頬が熱くなるのが分かった。 「和泉くんは教育学部に行くんだったね」 「はい 」 「なんの先生になりたいの?」 「古典です。先生に憧れて」 先生は嬉しそうにそうに口角を吊り上げると、俺の方に歩み寄る。 甘ったるい香水の匂いが鼻孔をかすめる。 先生はある提案を持ちかけた。 「じゃあ模擬授業してみようか」
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