1.幽霊少女のお願い

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 草野と話してみると、思ったより人あたりが良い。  今までの経験上、外面が良くてもバイトには嫌な態度を取る社員ばかりだったこともあり、多少警戒心はあったのだが、この代表ならそこそこ楽にやれそうだと入社を決意した。  翌朝出勤した俺を待ち構えたようにつなぎを渡してきて、「着替えてトラックに乗れ」と言った。  慌てて部屋の隅で着替えると、つなぎには一切ポケットがないことに気付いた。 「靴は、これ」  靴も会社のズックに履き替えさせられた。  さんざん誰かが履いてきたらしい汚い靴で変な癖がついている。  気持ち悪いが我慢して履く。 「じゃ、行くか」  引っ越し用の大型トラックに乗り込むと、出発した。 『有限会社ハッピークリーン』は、家の片づけをメインに行う掃除屋だ。  運転しながら、草野がこの仕事の存在理由を説明した。 「世の中には、自分の家を片付けられない人がたくさんいる。自治体のゴミ出しルールが厳しいという理由もあるだろうけど、それだけじゃなく、身体的、精神的理由から片づけが追い付かなくなり、どうにもならなくなってお金を払って業者に頼む羽目になるんだ」  住民が亡くなって、片づけに困った賃貸オーナーからの依頼もある。  ゴミを残して夜逃げした部屋もある。  ゴミ屋敷の片づけなどは、ためこんだ本人より、親族による依頼も多い。  本人からの依頼でない場合、中には抵抗して怪我をさせられることもある。  世の中の暗部を見せられる仕事らしいが、やりては少ないのに需要は多く、いいお金になるらしい。  「綺麗に片付いた部屋を見ると、気持ちがいいぞ」と、草野がとても前向きなのには驚かされた。 「家の中はプライバシーの塊だ。そして、意外に金銭が落ちている。だけど、全部、依頼人と相続人の財産だから、決して、ポッケナイナイするな。金目のものは全部報告すること」 『ポッケナイナイ』とは、横領、着服のことだ。 (確かに、ゴミに紛れて現金が落ちていたら、猫糞(ねこばば)を決め込む奴も多いだろうな)  だから、手癖が悪くないかを気にしていたのだ。  そして、つなぎにポケットがないのだ。
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