上弦

2/9
前へ
/9ページ
次へ
「聞きようによっては大変失礼だ」  くすくす笑いにかわる。  できましたよ。と、わたしのあたまをぽんとたたく。礼を述べながらあたまをさわると、そこには複雑な編み込みがほどこされていた。 「みごとだな」  心からの感嘆を表すと、少年は謙遜した。 「これくらいしないと腕がにぶります」  それを聞き、昔少年が江戸の町で髪結いの仕事をしていたことを思い出す。  編み込みなんて江戸時代にあったか? と聞くと、実は昨日小夜(さよ)さんに教わったばかりなんです、と少年は答えた。小夜さんとは、特別美しい夜にだけ現れる女性の名前だ。少年は彼女と親しいようだが、わたしは彼女と言葉を交わしたことがない。 「腕だけで評価されたかったんだけど」  嘆くように呟きながら、いとしそうにわたしの髪を指でなぞる。先程見た長い指がわたしに触れているというだけで妙に緊張する。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加