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昨日まで一緒に会話していた、映画を観に行く約束までした彼がもうこの世にはいないだなんて信じられなかった。
呆然と立ち尽くす私を見て、店主が一冊の本を差し出した。
-君に渡すはずだったものらしい。出来れば読んであげてくれ。
そう言うと、店主は再びレジに戻り、顔を隠すように新聞を開いた。
私は彼との出来事を思い返しながら家に着いた。
私は彼の事をよく知らない。知っているのは名前や好きな小説、同い年で得意なことがブックカバーを綺麗に早く作れることくらいだ。
-何も知らないじゃん、私。
膝から崩れ落ちると店主から渡された一冊の本に目を向けた。
私は無心で本を読み始めた。
その本には、私との出会いが書かれていた。
感想を先に言ってしまったこと。その日を境に本当はお昼出勤だったが、夕方出勤に変えたこと。本をもっと好きになれたこと。映画に行く約束をしたこと。
そこで彼と私の物語は終わったが、小説は続いていた。
_彼女は僕のことを覚えていなかった。_
そこには私の忘れていた話が綴られていた。
_僕と彼女の出会いは新入社員歓迎会だ。入ってきたのが遅かったから、同期でも余り顔を見なかったと思う。
僕はその日お腹が痛かったが、最初の行事は大事にしなきゃと 無理して出席した。回りの誘いを断らず5杯ほど飲んだ。お酒が得意じゃない僕は少し酔っていたが笑顔で痛みを隠した。トイレに行って席を立ったとき、一瞬立ち眩みを起こしたが、回りからは飲みすぎるなよと言われ笑顔で返しトイレに向かった。
-あの。
その時だった。彼女の方から僕に声をかけてきた。
-飲みすぎは良くないですよ。もしあれだったら一緒に帰りませんか?私もう抜けるので。
そう言われて、本当は最後まで残るつもりだったが、彼女の心配からくる言葉を安易に無視できなかった僕は、彼女と一緒に抜けることにした。
外に出てからは特に話すことなく駅で別れた。
-それじゃ、また。
-ああ、またね。
彼女はそう言うと振り返ることなく歩き始めた。
僕は変な子だなと思いながら家に帰った。
家につき、暫くすると再び腹痛が襲ってきた。今度は立ち上がれないほどの痛みだった。救急車を呼んで病院に着くと早速手術に取りかかった。手術後、医師からは、早めに気づけて良かった。もう一歩遅ければ今日生きていないかも知れないと言われたのだ。
僕は彼女を命の恩人だと思った。あの時帰っていなければどうなってたか。
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