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バタークリームをベースにしたチョコレートケーキは、思いの外ねっとりと舌にまとわりついて飲み込むまでに少し時間がかかった。じっくりと咀嚼して喉を通すと、深く濃厚な甘みがつんと広がる。
「 、」
目の前のケーキの濃厚な味わいと格闘していた私は、彼に名前を呼ばれたのに気づくまで少し時間がかかった。
「終わりにしよう」
顔をあげた私と彼の視線がぶつかる。
口内のケーキは、途端に味がなくなった。
終わり、おわり、OWARI…駄目だ、脳の処理能力が低下してるみたい。
『どういう意味?』
「そのままの意味だ」
"そのままの意味だ"
エコーがかかったみたいに、同じ言葉が頭の中で反響する。私はまだ理解できない。否、理解することを拒んでいる。
勝手に思考を放棄した小さな脳みそは、食べるという行為も放棄して、飲み込みきれなかったケーキの破片は口の端からぼろぼろ零れた。
そんな光景を、汚いと罵るわけでなく指摘するわけでもなく、彼はただじっと見つめている。
「このままじゃお互いだめになる」「よく考えたんだが君のためにもそうした方が良いと思った」言い訳がましく続けられる言葉は、もう耳には入ってこなかった。
こういうとき、どうするれば良いのだろう。
泣いて縋る?ヒステリーを起こす?納得して素直に受け入れる物わかりの良い女を演じる?どれも合っているような気がするし、違うような気もする。彼を繋ぎ止めるのに、何が正解なのかわからない。
『ねぇ、このケーキおいしいね…』
口内に黒い塊を押し込む。ひとくち、ふたくち、溢れるのも気にせずに押し込めて押し込めて飲み込もうとすると、嗚咽が溢れた。鳥肌と生理的な涙も。
彼の提案を飲み込みたいのに、喉に引っかかってうまくいかない。私の身体が全身で拒絶してる。
彼はいつの間にか向かい側から私の隣に移動していて震える私をきつく抱きしめていた。ごめんな、ごめんなと泣く彼に、私は嗚咽で答えることしかできずに、ただ二人してひたすら涙を流す。
零れたケーキで散らばるガラステーブルが、なんだかみじめで滑稽に見えて、私は態とらしく目を背けた。
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