I loved you

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壮太の興味は夕日から軒下に宿るほどの高さにある月に向けられていた。研いだ刀のように鋭い両端は、紺色の空に輝き存在を放っている。今日は三日月だった。 「あー、ホントだ、すごい月!」 窓から身を乗り出した侑介は、ぽかんと口を開けて空を見上げた。まだ夕焼けが空の覇権をにぎっているというのに、三日月はさもないことのように頭上に佇んでいる。アンバランスさが妙に胸に心地よくて、しばらく三日月と西の空の対比を目で追ってしまった。 「……あぁ、ねぇそういえば知ってる?」 ビールの缶を軽く振りながら、壮太が呟いた。缶を流し台に置き、再び戻ってきて「知ってる?」なんて尋ねてくる。 「何が? 主語がないからわかんねーって」 唇を尖らせる。壮太は窓の木枠に頬杖をついて、にんまりと笑った。 「夏目漱石のあいらぶゆーの話」 「夏目漱石?」 全く想像していなかった主語だった。とっさに思い浮かんだのは、かつての千円札の姿しかない。言葉の真意を探ろうとじっとその顔を見つめると、見過ぎと笑われた。 「夏目漱石がアイラブユーをなんて訳したかって話、知らない?」 頭の中が未だ千円札のままだった侑介は、スイッチを切り替えるように該当する記憶を探し始めた。検索した結果、それらしい記憶が一件ヒットした。 「あぁ、薄らぼんやりって感じ。月がなんたらかんたらってやつ?」 壮太が静かに大きく頷く。     
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