1.未完成

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1.未完成

私の田舎は、海と山に囲まれて、自然と触れ合えるところがとても多い街だった。 特に、海が好きだった。家から自転車で10分もかからない場所にあって、夏は海水浴場で他県からも沢山の観光客が訪れる所だ。 海に行くときは、大抵夕方で、誰にも邪魔されない時。 一人砂浜に座り、何も考えず、ただ波の音だけ、耳に入れ、目の前の青くて、それでいて、夕日の光に照らされ、キラキラ輝く海面を眺める。 それが、私が地元に居たとき、唯一、癒されたことだったと思う。 仲の良いといえる友達もいた。でも、一日も早く、私は、あの場所から抜け出したかった。 例えば、それが、世話になった祖母にとって望ましくないことであったとしても… 何故なら、あの場所は、いい思い出よりも、辛い記憶が多過ぎたからだ。 だから、大学は誰も訪れたことのないような場所を選んで、四年間過ごした。 私を知る人が誰も居ない場所で、一から自分を作り直したかった。 それから、就職で都会に出た。社会人の厳しさってやつに、案の定打ちのめされたけど、そんなことで負けたくなかった。 かつての忌わしい記憶の自分ではなく、新しい自分になれるチャンスだと思った。 だから、がむしゃらに、仕事一筋で頑張った。 私はあまりにも不器用な癖に、頑固で、ど真面目で、正義感が人一倍強くて…そんな人間に生まれ変わったのは、良くも悪くも、仕事のお陰だった。 大事な仕事仲間ができたこと、すごく嬉しかった。 人として、信用されていると実感できる瞬間が増えていったことも、自分の自信に繋がったと思う。 仕事場が、私の居場所になったのだ。 何より優先してきた。 でも、それ以外なーんにもなかった。 まるさんと出会ったのは、生き甲斐だった仕事で大きなミスを犯した時。ふと訪れた小さな喫茶店でのことだ。カフェって感じじゃなくて、本当に古い喫茶店。 私の生涯で最も忘れられない出会いになるとは、まさか、思いもしなかった。
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