幼馴染の帳

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『助けて、ねーちゃん』  充電器に差しっぱなしだった携帯電話が軽快な着メロを歌い出したとき、部屋の時計はすでに日付変更線を跨いで久しかった。  誰だ、こんな時間に電話してくる常識知らずは。付箋だらけの雑誌をベットの上に放り投げ、音楽と共にぶるぶる震えるディスプレイを睨みつければ、そこには寧々の良く知った名前が煌々と表示されていた。岩室竜之介。その名前を見て思わずため息をついてしまったのは仕方ない。これが高校時代の友人や大学の先輩であれば、まだ起きてる自分のことなど棚に上げて、残念また明日改めてお掛け直しくださいと無視を決め込むところなのだが――渋々充電器から本体を引き抜いた寧々は、真夜中にかかってきた電話に応じることにした。  したは、いいのだが。 「…はい?」 『いやだから、助けてほしいんだってば』  お願い、ねーちゃん。繰り返し言われたところで、寧々の思考は依然開口一番に竜之介に言われたワンフレーズの時点で停止してしまっている。  何が、どうなって、そうなった。主語もなく説明すらない要望だけの声に、オレだよオレと言っているわけではないが思わず詐欺の可能性を考える。が、長年嫌でも側にいたのだ、この電話先でのへたれた声が竜之介本人であることは寧々が一番よく分かっていた。なのでその可能性は却下。  ならば、なおさら彼は何をしでかして、こんな時間に助けてくれと言っているんだろう。よくあるテンプレートな詐欺だったら事故を起こしました、お金が必要ですなどと言ってきたりするんだろうけれど。 (…まさか、本当に事故を起こしたとか)  もしもを考えて、自分の想像ながらすっと背筋が冷たくなる。事故だけならまだ、いい。もしもそこに相手が居て、竜之介が危害を与えてしまった側であったのなら――。電話をかけてきた時間帯もあって、可能性は濃厚だった。竜之介自体が、ここ最近は夜通し遊んだりもしているみたいだったから、余計に仮説が真実味を帯びてくる。そこでようやく自分が檻の中の熊さんよろしく部屋の中をうろうろしていたことに気づいた寧々は、深く深呼吸してからベットに腰掛けた。
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