幼馴染の帳

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「ていうか竜、そろそろ『ねーちゃん』呼び止めない?」  胸に浮かんだその寂しさを紛らわすように、そういえばと前々から思っていたことを寧々は助手席から投げかけた。案の定、抗議の形で会話のラリーが寧々へと返ってくる。ミラーを見なくてもわかる、きっと竜之介は唇を尖らせて、心底理由がわからないって顔をしている。 「えー、なんで」 「いや、それで結構わたしあんたのお姉ちゃんって勘違いされること多いからさ。…あと、ちょっと最近恥ずかしい」  そう、今さらではあるのだが竜之介は寧々の弟ではない。晃太と並んで歴とした幼なじみの一人だ。竜之介の『ねーちゃん』呼びも寧々の名前から取ったあだ名だ。だが、男女の幼なじみにしては近い距離感と仲の良さが、何故か大学に通う今も互いの友人を始め周りに誤解を生んでいる。弟でないと言えば、逆に今度は関係性を問われる。  恥ずかしいのも本当だが、正直ただの幼なじみだと説明するのが面倒くさいのだ。年頃の男女、幼なじみ、親しいあだ名呼び。たったそれだけでも、何かと愛だの恋だのに結びつけたがる層が多い。実はどうなの、なんて。実はも何も、何にもないのに。それをまた紐解くのにいらない労力を使うのだ。  しかし、そんなことを露ほども知らない竜之介だ。寧々がそこまでわざわざ説明しなかったのも悪かったが、無知もなかなかに肩を並べていた。 「いいじゃん、別に。実際、コータも含めて俺たち兄弟みたいなもんだし?」 「だとしたら竜、お前は完全に末っ子だな…」  寧々の愚痴を聞いているからか、事情を把握している晃太が車のライトを対向車にあわせて調節しながら乾いた声を上げた。 「あはは、姉上様、兄上様、毎度お世話になっております」  それに対する竜之介の声はやはり相反して軽やかだ。呼び方改革を諦めた寧々は、晃太と比べても今日一番深いであろう溜息を吐き出すと、力を抜いて車の揺れに身を任せた。 「はいはい、そういうのいいから。あ、そうだ、わたしバニラアイスね。一番高い奴」 「寧々、ダイエットしてるんじゃなかったのか? 真夜中のアイスも危ないと思うんだが」 「うるさいわねー、たまにはいいの! そういう晃太は?」 「…チョコミント。同じく高い奴」 「うぎゃっ、俺ライブ後なのに…! あ、何でもないですここまでの送迎代および手数料は喜んで献上させていただきます」
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