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3
目を開けると、そこは見覚えのない場所だった。しかし、前回の様な暗い土の中ではなく、明るい真っ白な場所であったし、見覚えはなくともそこが何かはわかった。
(・・・病院?)
その後、ナースコールを押したオガタのまわりはバタバタと慌ただしくなった。医者は色々と体の状態などをチェックすると、一先ず心配ないことを告げてきた。
ずっと眠ったままだったのだと教えてくれた医者に、まさか四年・・・?と訊き返すと、丸一日です、という拍子抜けする答えが返ってきた。
一日!?あの長い長い記憶が一日!?と、初めは驚愕したが、その思いもセミの本能と共に不思議とすぐに薄れていった。
若い女性の看護師が検診に来た時に、雑談を交えて、オガタが遭遇したコンビニ強盗について教えてくれた。男は結局何も奪わずに逃走、あの女性客に怪我はなかったらしい。防犯カメラの映像を基に警察が捜索を続けているが、すぐ発見されるだろうという当初の予想に反して、未だに消息は不明なのだそうだ。
「・・・もしかしたら、もう別の何かになってるのかもしれませんね」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
そんなことを言いながら、もう俺の前には現れないでくれよ、とオガタは心の中でつぶやいた。
看護師さんが検診を終えて病室を後にしようとした時、オガタがふと窓の方に目をやると、窓の桟には蝉の抜け殻が一つ不自然に置かれていた。
オガタは病室のドアに手をかけた看護師さんを呼び止めた。
「あの」
「はい?」
ベッドの方まで戻ってきてくれた彼女に、オガタは真剣に尋ねる。
「彼氏、いますか?」
「・・・は?」
真っ青な空には、縦に伸びた白い雲が浮かんでいる。窓の外からはせわしない蝉の鳴き声が『みんみん』とうるさいくらいに聞こえていた。
また、今年も夏が来た。俺の人生はまだ続く。
小説や映画のように、今回の経験から命や時間の大切さを学び、ここから俺は目まぐるしく成長していく―――なんてことはたぶんない。どうせまたコンビニバイトの日々だ(よもやクビになっていやしまいな)。
まあ、それでも―――オガタは思った。とりあえず、パートナーを見つけるために、やかましくても鳴き続けてやるくらいはしてやろう、と。
この夏は何かが少しだけ変わる―――気がしないでもなかった。
<完>
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