第2章 真田幸村(自称)参上!

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「それで、いつ成仏してくれるの?ここにいてもいいけど、明日ぐらいには成仏して欲しいな」 私が聞くと彼はこう言った。 「風呂、風呂に入りたい。四百年も同じ服を着てるから、着替えたい」 前に一人で住んでいた築三十年のボロアパートは、風呂の栓をはめて、蛇口からお湯を注いだ。 けれども最近のマンションは、風呂を洗うとボタン一つで温度と量を調節してくれるらしい。リビングについている湯沸かしボタンを恐る恐る押した。 「お風呂を沸かします」 機械的な音声がリビングの湯沸かし器リモコンから流れると、幸村はビクッとし、物珍しいようにリモコンをあちこち弄っていた。 どうして新居の一番風呂を見ず知らずの幽霊のためにわかさなくてはならないのか、我に返ると無性に腹が立ってくる。 私が呪う前からこの部屋は呪われているのではないのか。 でも、まぁいいや、どちらにしろこの物件は九月三十日にはいわくつきになる運命なのだ。 そう思うと、鎖で雁字搦めにされていたようだったのが、急に鎖自体が消えて無くなり体が軽くなった。 そして結局、自称幸村は一切成仏する気配を見せずに、風呂に満足し、夫になる予定だった人の為に買ったパジャマを着て、新品の布団を満足そうに触っていた。 「昔の布団はもっとぺしゃんこで、床の感覚がわかったもんだ」とか、「真綿が入ってたから冬は保温性が~」とかうんちくをたれようとしていたけども、何だか面倒くさくて、使う予定のなかった奥の部屋に無理やり押し入れた。 ずっと喋り続ける彼を尻目にドアを閉め。リビングに戻ってきた。ふと時計を見ると午後十時を指している。 まさか今日、真田幸村を自称する幽霊が実体化し、ご飯を食べて、風呂に入り、奥の部屋で寝ることになるなんて思いもしなかった。 夢なのか現実感なのか、フワフワした雲の上に乗っているようなこの感覚。 でもこんな可笑しな出来事が合ったお陰で、何とか今日をやり過ごす事ができた。 後一ヶ月半、運命の日までなんとかやり過ごす 。この部屋に引っ越してくるときに決めたのだ。 唯一の私を心配している存在である家族がこのマンションに引っ越すことを止めた。気がおかしくなったのか?とカウンセリングを勧められたりもした。
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