第1章 はじめに

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「弱い犬程よく吠える」 あれは。小学校四年生の秋のことだった。四時間目の国語の時間に先生が教科書を音読し、太字で載っているこの諺を板書した。白いチョークで大きく書かれたそれを見ていると向かいの家で飼われている、やたらと吠える芝犬が頭に思い浮かぶ。 子犬の頃の舌をハアハア出し、クゥーンと甘えた声を出す様子を思い出し、その余韻に浸っていた。 子犬だっていつかは大人になる。大人になった彼は可愛げなんて言葉は何処かに飛んで行ってしまったようだ。 向かいの家は、あんな可愛くなくなった犬どっかにやって、新しい子犬買えばいいのに。今度は真っ白で小さくて吠えない犬がいいなぁ。そんな空想をしていると、先生が徐ろに諺の意味を説明し出した? 「この諺はですね、強い犬は自分に自信があり、むやみやたらに吠えたり噛み付いたりはしない。ところが弱い犬ほど自分に自信がなく、自分を強く見せようとキャンキャンと無駄吠えし、他の犬を攻撃するという意味ですよ」 先生が話し終わった瞬間、私は発狂した。筆舌つくしがたい言葉を叫び、机の上の筆箱や教科書を全部放り投げ、横の壁に貼ってあった「地球」という習字を次から次へと破った。 私の子分みたいな友達やクラスメイトは恐れおののき、一目散に廊下に避難した。大学を出たての優しさだけが取り柄の先生は、隣のクラスのヤクザみたいな先生を応援に連れてきた。そして大人二人に羽交い締めにされ、取り押さえられた。 「うるせぇ!」 「加奈子さん、落ち着いて」 「うるせぇ、いてぇんだよ!それ以上触るなよ、体罰だ、体罰!教育委員会に訴えてやるから」 「兎に角、落ち着け、鮫島、なぁ頼むよ」 「うるせぇ!」 あの時、自分の叫び声が遠くに聞こえた。そして涙で視界が滲みながらも見た、教室の天井についてる埃だらけの扇風機を今も覚えている。 当時は自分が発狂した理由がわからなかったけれど、今なら理解できる。 自分の事を言われているような気がしたからだ。
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