第4章 仕事なんてしたくない!

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「申し訳ございません」 取り敢えずまた頭を下げた。珈琲って人によって適温が違う。だからこんな風に珈琲が熱い、ぬるいというクレームは日常茶飯事だ。 男性はさらにクレームを続ける。 「店員の教育も悪い、なんだあの接客は。入れますか?じゃねぇだろ、入れられますかだろ!よくあれで接客業が務まるな」 男性の言う事が頭の中を右から左へすり抜けていく。私はここの責任者として、このお客さんがスッキリするまで謝り続けなければならない。 こんなに心のこもっていない「申し訳ありません」を言われて、この人は気分がいいのだろうか。 謝り続けて十分後、男性はスッキリしたようで「今日はこれで許してやる」と言いだした。 「本当に申し訳ございませんでした」 解放されて嬉しくて涙が出そうだ。パートの関田さんが慌ててレジをしようとすると「俺は払わねぇよ」と言い、悠々と店の外にでてしまった。 ため息をつきながら片付けていると、上野さんがツカツカと歩いて私に耳打ちをした。 「今の人、行きつけのレストランのオヤジです。今度家族と一緒に行って、この間はご迷惑をおかけしましたって店内で大声で言って来ますね」 疲れ切って愛想笑いで返す。 もう私には仕返しをしようとする気力もない。 仕事終わりの夜八時半、ショッピングセンターのバックヤードに帰り、女子更衣室でエプロンをとった。 鏡を覗き込むと疲れ果てた自分が映っている。そりゃ浩も文香を選ぶよな、大きなため息が出た。 誰かが入ってくる気配がして、鏡の前を離れた。食品売り場のレジの子達だ。 「お疲れさまです」 愛想よく挨拶をしたのに。二人は私がいるとわかった途端、そそくさと出て言ってしまった。 半年ほど前からショッピングモールの他の店舗で働いてる人達が何だか余所余所しい。もしかして嫌なことを言ってしまったかとも思ったけれど、でもあの二人とは喋ったことがない。 もう考えるのも面倒い、何もかも嫌だ。
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