第2章 真田幸村(自称)参上!

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それはここ長野県上田市には珍しい、肌と肌が汗でくっつくような、非常に蒸し暑い日の昼下がりのことだった。 上田市は日本の中心にあり、標高四百メートルにある県第三の都市である。そして数年前に大河ドラマ「真田丸」で一躍脚光を浴びた市でもある。 大河ドラマ館は入館者数百万人を超え、今まで最高だった篤姫館の六十七万人を遥かに超えたとヤフーニュースのトップにも取り上げられた。 上田市民としては、それはそれは誇らしかった。 まぁ、想像がつくと思うが、真田丸が終わるとあっという間に上田城周辺の渋滞は無くなり、観光バスもいなくなり、観光客は去ってしまった。 北陸新幹線かがやきは上田を下に見ながら高架を通過していく。 現実はそんなもんなんだけども、一度吸った蜜の味が忘れられない商店街の店主は「五年後の大河ドラマで今度は真田幸隆を!」と熱弁をふるっている。 そんな中私、鮫島加奈子は引っ越し作業の真っ最中だった。引っ越し料金をケチりにケチりまくり、お盆の真昼間に冷蔵庫や洗濯機等、自分で運べない物 大型のものだけを運んでもらうだけのプランにした、総額三万円也。 引っ越し屋さんは作業が終わると、差し入れを用意してた私なんかには目もくれず「ありがとうござーした」と三人並んで挨拶をし、そそくさと帰っていった。 強烈な日差しが照りつける中、小さい荷物を自分一人で運んだ。 汗だくになりながらも、作業の手を止めなかった。止めたら余計な事を考え、涙が溢れ出してきそうだったから。 友達がいない、恋人もいない、家族も頼れない私の荷物を運ぶのは私しかいない。 愛車のワゴンR(上田は一人一台所有の車社会だ)からコーポ上田城の二○二号室まで、半ばヤケクソになりながらも全ての荷物を運び終わったのは、日も落ちかけてきた午後六時のことだった。 ワックスでピカピカのリビングの床にヘタリ込むと、 2LDK のファミリー向け新居には自分の荷物だけでは荷物が足りないことを思い知らされた。 あっちもこっちも白い壁が南極の氷のようにどーんと構えている中、リビングの一角に私の荷物がこじんまりと片隅で丸まっている。 無性に叫びたくなった。 「あーぁ、奥の部屋、何に使おう 」 勿論、返事はない、目をそっと瞑った。 本当だったら、ここに浩もいたはずなのに。
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