第2章 真田幸村(自称)参上!

3/12
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
あれは披露宴をちょうどの三ヶ月後に迎えようとした、六月三十日のことだった。 婚約者である牧野浩はこの部屋に私を呼び出した。 浩は信州放送の上田支局に勤務し、実家は上田駅近くのマンションや駐車場を経営している。ちょっとしたお金持ちの三人兄弟の三男だ。 身長は百七十センチだけども、顔は今流行りのぱっちり二重に鼻筋が通っていて、日本人のくせにブラピにどことなく似ている。 おまけに小中高とずっと剣道を続けているスポーツマンという嘘みたいに完璧な男だ。 そんな男が美人でもない、スタイルも良くない、頭も良くない、性格もよくない私のことを好きになってくれるという奇跡が起こっていたのだ。 まだ荷物も何にも入っていない新築のこの部屋は、今まで暮らしていた築三十年のオンボロアパートと比べると大豪邸のような気がして嬉しくて仕方がない。 ここから新しい生活が始まるんだと期待に胸を膨らませ、どこにどんな家具を置くか部屋中を見回していると、浩がポツリとこう言った。 「なぁ、加奈子。話があるんだけど」 何気なく振り向いた時、彼の顔は何故か青ざめていた。二人で選んだ暗めの照明に、力無く彼は佇んでいる。 「……結婚の話、なかったことにしたいんだけど」 冗談でも言っているのかと思った。だって両親にも挨拶が済んでいて、式の日取りも、披露宴の料理のコースまで決まっていたから。 けれども真面目でいつも人の目をしっかり見て話す浩の視線がうろうろと空中を彷徨っている。 その時だった、玄関のドアが開き、誰かが入って来る音が聞こえる。その足音はどんどん近くなり、そしてリビングの扉が開いた。そこには山内文香が立っている。 どうして彼女がここにいるのだろう。 彼女は私の勤務先のショッピングモールに出入りしている広告業者の営業担当であり、知り合った三年前から唯一の友であり親友だ。 文香は何故だか浩の隣にぴったりとくっつくと、勝ち誇った顔で私を見下げ、こう言った。 「もう話した?」 そう言うと、自分の左腕と浩の右腕を絡ませた。どうして文香が浩と腕を組むのか、頭の悪い私は全く話しについていけていない。 浩はゆっくりと瞬きをすると、意を決したように言った。 「本当に申し訳ない、文香を妊娠させた」 そこから先はよく覚えていない。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!