その後二回移動した

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 ぷうん、と小さな音がした。蚊の羽音だろう。  開け放している窓にはもちろん網戸が付いていたが、左下の網目はほつれて広がり、切れた網がさわさわと風に揺れていた。何の役割も果たさない網戸である。この網戸もそろそろ取り替えなければいけない。  外は暗く透き通った紺色をしているのに、星は一つや二つしか見られない。南の空に輝く月の下にオレンジ色の星が一つだけ見えた。一体何の星だろう、さそりかいてとかだろうかと調べようと思ってから何日か経った。もしかしたら火星なのかもしれない。大接近するとかなんとか聞いた覚えがある。  また羽音がした。酷く大きく、耳元で。  お腹が冷えないようにと乗せていたタオルケットを慌てて頭のてっぺんまで引き上げた。遅かっただろうか。息を止め、様子をうかがう。  次に聞こえたぷうんという不穏な音は先程より小さく聞こえた。  一旦落ち着こうと、小さく息を吐いた。蚊に刺されることを恐れているわけではないし、刺されるときにはどうしたって刺されてしまうものだろうが、出来れば刺されたくはない。何となく息を潜めてしまう。  蚊に自分の存在を知られるまいと緊張感が走った。蚊は私に気付いているのか否か、私の頭の近くを行ったり来たりしているようである。不快な羽音だ。  蚊も隙をうかがっているのかもしれない。右でぷうん、と聞こえたら静寂。左に向かうぷうん、静寂。右に向かうぷうん。どちらかで止まったときに、タオルケットをはねのけて、タオルケットの中に閉じ込めてやろうかと思うが、タイミングが掴めず思うようにいかない。  隙間一つ無いようにと体を小さく丸めタオルケットをすっぽりと被り、気づかれまいと息を潜めていると、さすがに熱がこもってきた。ここだけ熱帯夜のよう。  蚊はなかなか居なくなってくれない。私が暑さに痺れを切らしタオルケットをはねのけるのを今か今かと待っているようだ。根比べならばやつの方が遥かに有利だ。私はいつまでもこうしているわけにはいかない。いつかはここから出なければいけない。  ぷうんという音が頭の中で鳴った。あぁ、奴はタオルケットの中にいるのかもしれない。既に血を吸い、怯える私を馬鹿にしているのかもしれない。  隣の部屋へと駆け込んだ。夜風が火照った体に当たり心地良い。やっと、寝れる。散らかった兄の部屋のベッドに倒れるように横になった。  耳元でぷうんと音がした。
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