ふたりが奏でる音色

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 先輩はそんな事を言って、朝の廊下をすり抜けるようにして行ってしまう。 「あっ、先輩、待って下さい! じゃあ、明日はか弱い女バージョンで告白しますから……!」  あっという間に先輩の背中は見えなくなって、私は今朝の追跡はあきらめる。……か弱い女。ふんふん、新情報だわ。じゃあ明日は、おずおずとラブレターでも渡してみよう。 「音色ちゃん、頑張るねえ。もう半年も通いつめて。あの仏頂面のどこがいいわけ? 音色ちゃんなら、他にいい男がいくらでもいそうなもんだけど」  教室へと廊下を歩きながら、結城先輩はそんな風に訊いてくれる。なぐさめてくれているのかな。でも私は、少しもへこたれるつもりはない。結城先輩に笑顔を返して、肩をすくめる。 「うーん、お父さんに似てるんです。とんがっててカッコよくて。でもとっても優しい。入学してすぐ校舎内で迷子になったあたしを、音楽室に連れて行ってくれて……」  自分でもバカだと思った。初めて音楽室で授業があった日、ペンケースを置き忘れて教室に帰ってしまって。  次の授業があったから急いで音楽室に取りに戻ろうとしたら、場所が分からなくて教室にも戻れなくなってしまった。  半泣きになっていた私に、「どした、お前」と声をかけてくれた。そして音楽室に連れていってくれた本城先輩。そのまま音楽準備室でサボるのが目的だったみたいだけど、あたしはもう、それで一発で恋に落ちてしまって……。 「そっか。音色ちゃんのお父さんは、変わってるんだねえ。とんがってるのか。まああいつもちょっとずつ心開いてるよ。音色ちゃんとは音楽談義するんだから。普段は気に食わない人間となんか、口もきかない男なんだよ」  2年生の校舎への渡り廊下の前で、結城先輩は私に笑って手を振る。この半年の告白攻勢で、私とはすっかりなじみになった結城先輩。 「頑張って。『か弱い女』期待してるよ。あー、僕もこんな一途な女の子に好かれたいなー……」  結城先輩に会釈をして、私は教室へと向かう。『ちょっとずつ心開いてるよ』……なんて、今日はとってもいい日かも。  教室に帰ると、舞花が「今日の首尾はどう?」なんて訊いてくる。あたしは、 「今日も死ぬほどカッコよかったー! 振られたけど!」  と言って、いつもより少しだけうれしい1日が始まる。  
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