ふたりが奏でる音色

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「変わりなかったか? 心配だった。コロッケすぐにできるから。明日から北海道なんだ。悪いな。コロッケいっぱい冷凍しておくからな」  そしてキッチンに向き直って、お父さんはコロッケを揚げ始める。あたしの事を、まだコロッケが好物な子供だと思い込んでいるんだ。怖い見た目だけどとても優しい。あたしはお父さんから菜箸を奪って、「代わるわ」と言って。 「ギタリストが手に火傷でもしたら大変。あたしがやるわ。お父さんはのんびりしてて。久しぶりに帰って来たんだから」  悪いな、なんて言って、手を洗ってリビングのソファに収まるお父さん。あたし達はずっとこうやってふたりで寄り添って生きてきた。怖そうなのにとっても優しい、あたしの大好きなお父さん。  先輩は、お父さんの大ファン。『日本一の技巧派』で、『尊敬するギタリストナンバーワン』とも言っていた。お父さんの話をする時だけは、まるで少年のようなきらきらした目になる。  あたしは、その『SHIMON』の娘ですよー。  思いっきり無視された日なんかには、そんな事を言ってやろうかとも思うけど。  ……でも、あたしはやっぱり『SHIMON』の存在は先輩には言えない。だって。  あたしは先輩に『あたし』を見て欲しい。『SHIMON』があたしのお父さんだと知られたら、先輩はきっと『あたし』本来の姿を見てくれないんじゃないかって、 そんな風に思うんだ。  お父さんは朝早くに行ってしまった。帰りは4日後だという。  あたしは早朝からお父さんにフレンチトーストを焼く。メープルシロップたっぷりのそれを美味しそうに食べて、お父さんは私とまたハグしてから、ギターケースを背負って北海道へと旅立っていく。 「あ……あの、先輩。これ、読んで下さい。誰にも、見せないで下さいねっ」  今朝の私は『か弱い女』。 夜遅くまで時間をかけて書いたラブレターを、先輩に渡す。  場所はやっぱり軽音部の部室前。音楽準備室。朝はいつも結城先輩とふたりで並んで出て来る本城先輩。  先輩は『か弱い』あたしをちらっと一瞥してから、差し出す手紙には目もくれずに言う。 「……結構です。お持ち帰り下さい。てゆーかお前ピアノ弾けるんだよな? 次のライブでキーボード弾けよこの野郎」 「……はい? キーボード?」
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