ふたりが奏でる音色

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 予定外の方向へ話が転がって、あたしは目をぱちくり。そりゃまあ 弾けるけど、次のライブって、なにそれ……。 「キーボードの恵梨香(えりか)が辞めちまったんだよ。ライブ10日後なんだよ。『GIBSON』でやるからお前が弾け。これ楽譜。死ぬ気で練習しろ」 「いやあ、律が恵梨香に『ヘタクソ』なんて言っちゃったもんでねえ。恵梨香がキレちゃって脱退だよ。音色ちゃん、頼まれてくれない? なんせもう出る事になっちゃってるから」  ……ウソでしょ。  お父さんがミュージシャンのあたしには分かる。10日前に楽譜渡して出演しろって、めちゃくちゃな無理難題。お父さんぐらいな実力者ならそりゃ出来るだろうけど、あたしはピアノが『弾ける』程度の人間で、決して『うまい』なんてレベルじゃなくて……。 「弾けお前。『GIBSON』だぞ。SHIMONが巣立ってったライブハウスだぞ。穴開けたらもう呼んでもらえない。支配人はSHIMONと今でも仲いいらしい。このチャンスを掴みたい。だから頼む高階音色……」  その時驚愕の景色があたしの眼前に広がった。頭を……、先輩が、あたしに向かって頭を下げているのだ。 「うちのバンドに入れこの野郎! お願いします!」 「……断る!」  あたしは最上級の拒否をして、くるりと背を向けると駆け出す。人波を縫って、振り返りもせずに教室まで、一直線。だって冗談じゃないわ。  『GIBSON』はお父さんがお世話になったライブハウス。そして支配人は、今でもよく一緒にごはんを食べに行く、いわば友達。  あたしの事もよく知ってる。そんなところでライブなんかに出たら。  あたしがSHIMONの娘だって、先輩にバレちゃうじゃない……。
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