ふたりが奏でる音色

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 でも先輩は今日も言うのよ。教室のあたしの席に頭をこすりつけるようにして。 「頼むっ! 『GIBSON』出るのに、他のバンドのやつに助っ人なんて頼めない! お前じゃなきゃだめなんだ! 俺をSHIMONにしてくれ! 頼むから、うちのバンドでキーボードを弾いてくれっ!!」  真摯な目。あの鋭くて綺麗な顔は、今あたしだけを見ている。  そして今、先輩は机の上のあたしの手を握っている。左手にタコが出来た、ギタリストの手。お父さんの手とは比べ物にならないぐらいやわな手だけど、でも、真剣に練習をしているのはよく分かる。  こんな状況で初めて先輩に触れられてしまった。あたしの頭は混乱する。  SHIMONの娘だと先輩に知られたくない。『GIBSON』で弾くなんて恐ろしい。でも、今この目の前の大好きな人は、こんなにも夢に向かって一生懸命。  ……ああ、もうダメ。  その目を見つめたまま、あたしは、思わず言ってしまう……。 「……ちょっと、弾いてみるだけですよ? 多分使いものになりませんから。1回弾くから、それであきらめて下さいね……」 「ねっ、ね、音色っ!」  いつの間にかあたしを名前で呼んでくれる先輩。  あたしの手をがっちりと握ると、音楽室に向かって走り出す。  譜面はオリジナル曲のものだった。4曲。派手なギターのイントロから始まるアップテンポな曲が3曲。1曲は、ほとんどキーボードとアコースティックギターだけで構成されたバラード。……すごい。コピーだけじゃなくて、先輩ちゃんとオリジナル曲をやっているんだ。 「これ、弾いてみて。まだ題名が固まってないんだけど。もうピアノ曲だと思ってくれていいから」  そう言って渡されたのはバラードの譜面。あたしは仕方なくピアノに向かい、そっとその音符を音に紡いでいく……。  それはまるで飴細工で出来たような、繊細な音の煌めきだった。  綺麗なビー玉がころころと坂を転がるような、跳ねる夏の噴水の飛沫のような、音もなく降り積もる真冬の雪のような、不思議で美しくて、胸が苦しくなるように切ないバラード。  最後の一音は深い穴に落ちていくようにして終わる。……あたしは、自分の身体が総毛立っている事に気付く。  やばい……名曲だ。これ、一体誰が作ったの……?
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