【3】 青龍

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 小さな背を見送った翠巒が縁側へ戻ろうした時、背に妙な風が吹いた。異変を感じたその瞬間、それまで陽の光に輝いていた世界が墨色に染まった。それはまるで、一つの世界が一瞬にして別の世界へと投げ込まれたようであった。翠巒はすぐさま異変の元を探して空を見上げた。  濁流のように陽を呑み込んだ黒雲は、先程まで遠く空の向こうにあったものである。どんなに強い風を以てしても、この一時にここまで来ることは難しい。  そんな翠巒の思考をかき消すように、黒雲は更なる激しさで蜷局(とぐろ)を巻いた。  砂が舞い、木々が唸る。小さな雫が地に落ちたのを皮切りに、(せき)を切ったように雨が降り出した。風が雨粒を巻き上げ、空に河を造る。激しい雨風に視界が白く閉ざされ、堪らず手を(かざ)すが、何の効果もない。束ねていた糸が解け、長い黒髪が上へ下へとうねる。  翠巒が緑葭の身を案じて後を追おうとしたその時。ぴたり、と雨がやんだ。残る風も、ひらりひらりと地面近くを戯れるのみ。  幻でも見ていたのかと思う程の静けさ。しかし、雫滴る程に濡れた体が、先程までの嵐を確かに物語っている。  奇異な出来事に呆然としながら、濡れた髪を手のひらで押し上げると、子供達がつくった細い道の向こうに、人影が見えた。
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