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内房線は東京湾沿いに千葉県を南下していく線のようだった。目的地までは、2時間近くこの列車に乗る事になる。車内はこれから仕事や学校へ向かう人で少しだけ混雑していた。なんとか端の席に座る事が出来たので、太郎は少し眠る事にした。
目を開けると車内には誰もいなかった。太郎は1人立ち上がり、荷物もない事に気付く。じいじいと蝉の
鳴き声がして、生き物の気配と共に車窓に目をやると、列車はまだ走っているようだった。燃えるような夕焼けの中を音もなく進んでいく。
じいじい。じいい。
みーーーんみんみん…
立ち尽くす太郎の肩を、温かい手がぽん、と叩いた。
「遠くまでよくきたねえ。元気にしてた?」
ゆりだった。高校生の姿ではない、大人の姿でゆりは立っていた。夕焼けで染まった車内の中、彼女だけが透き通るような青い光を放っているような気がした。
「遅かったから迎えに来ちゃったよ。遠かったでしょ?ってまだついてないけど。」
そう言ってくすくす笑うゆりに太郎は驚いた。とても綺麗になっている。なんでここがわかったの、と声を出そうとしたが、朝から今まで押し黙って過ごしたせいか声が出ない。
「驚かせちゃったかな。ごめんねえたろちゃん。今年はすごく暑いのね。」
太郎はかろうじて動く頭をぐんぐん揺らして、頷く事しかできなかった。
「ねえたろちゃん、私魔法を手に入れたのよ。夏を呼び寄せる魔法。私さあひまわり好きだったでしょ。あまりに好きすぎて早く咲きますように!ってお願いしてたら、こんな異常気象になっちゃったの。すごいでしょう?笑っちゃうよねえ。」
太郎がぶんぶん首を振ると、ゆりは少し微笑んで車窓を指さした。
「見て。あんなに咲かせちゃった。見に来た人たちに怒られちゃうね。でもいいよね。魔法使えたのなんて今回だけだもの。ねえたろちゃん、有難うね、ありがとね。」
ゆりが指を指す先には、赤い夕焼けに照らされてひまわり畑が揺れていた。それは狂ったように咲いていて、まるで本当に魔法で皆同じタイミングで咲いてしまったかのような光景だった。風で少し揺れているひまわりは少し不気味で、蝉の声と自分の体温だけがリアルに感じた。ゆりはこっちを見て少し微笑むと歩き出してしまう。太郎はハッとして、小走りで追いかけた。
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