魔法の夏

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太郎はゆりの仏壇に線香を供え、丁寧に手を合わせた。長い年月をかけて再会して、なんともあっけないお別れだった。太郎の胸には寂しいとか悲しいとかの感情は中々湧いてこなかったが、この母親はこの気だるい空気の中で1人で生きてゆくのか、と少し心配になった。 手紙をコピーしたものを渡し、気をつけて、と見送る母親を背に歩き出す。まだ昼前だったのでひまわり畑に近づいてみた。待ってたよと言わんばかりに、太郎の背丈程もあろうひまわり達が首を揺らしていた。太郎はそれを見ながらゆりの為に持って来ていた赤いリボンを二本、ひときわ目立つひまわりの首に結んでやる。先程の夢のようにゆりはそこにいる気がした。 「ゆりちゃん、君はああ言ってたけど、僕は何にもなれなかったんだよ。 ゆりちゃん、君が見せたかった夏を有難う。魔法を使ってくれて有難う。 会えなかったけど、会えたのかなあ。会いたいって言ってくれて有難う。」 風が吹き抜けて、太郎の手を何かが触れた気がした。今までに無い透き通った気持ちで空気を吸い込むと少し絵の具の匂いがして、売れない絵を描きたくなった。もう一度ありがとう、と告げて早足で太郎は駅に向かった。 一斉に電車の方を向いたひまわり達が波打つように揺れていた。 ゆりの家のテレビでは、天気予報が明日にでも梅雨がやってくる事を告げていた。
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