せみの声

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せみの声

じいじいとうるさい蝉が泣いている。 蝉の声とうだるような暑さで目を覚ました。 まだ6月だというのに、タオルケットを蹴飛ばした体がじんわりと汗ばむくらい暑かった。 異常気象を騒ぐテレビの音に紛れて、ポストに何か落ちる音が聞こえたので玄関へ向かう。今日こそは進めなければ。今日こそは何か作らないと。今日こそは。そんな事を考えながらサンダルに履き替えてポストを開ける。 封筒に書かれていたのは見慣れた綺麗な文字だった。 「たろちゃんへ」 こんな宛名でも届くのは、田舎暮らしの良い所なのかもしれない。そして、この宛名を背負って手紙がやってくるのは初めてではないからである。 ポストから手紙を取り出して家の中へ戻る。いつもと同じ事だが、手の中の手紙がじんわりと湿ったような、少し重いような感じがした。思わず手紙に目をやったが、とりあえず居間に戻り、テーブルを挟んだテレビの向かいに腰をかけた。 「今年の夏はとても暑くなるでしょう。6月の最終日、本日の最高気温は36度となっております。突然の雷雨にご注意ください。また、台風が発生したとの情報もーーー」 テレビからは異常気象についての注意を促す天気予報が垂れ流されていたままだった。しかし耳に入る事はなく、気付けば封筒の裏に書いてある住所を携帯電話に一心不乱に入力していた。船で10時間、それから電車で大体3時間。 洗濯をしなければ、あとそれから、今日中に何か仕上げないと、今日こそ、まだ何も、メールが、船は何時だったか、洗濯は、あれ当日に船、あれ。 電話窓口が開くのは出航の10分前だった。それじゃ間に合わない。1日一本ある船の出航は1時間後に迫っていた。簡単に荷物をまとめて戸締りをし、港へと急いだ。
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