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自転車のペダルを漕ぐたびに、朝、自宅の玄関で前かごに放り投げたスクールバックが、がたがたと大きな音を立てる。
春菜はいつかバックが、かごから飛び出すのではないかと、内心緊張しながら、ペダルを漕ぐ足に、力を入れた。
三年近く通っても、舗装されていない道路に慣れることはない。少し軌道が逸れれば、もう刈り終わった迫田さん家の田んぼに突っ込むことは確実だった。自転車を漕ぎながら、遠くを眺めても、何ヘクタールあるのか予想もできない田んぼが広がる。
ほとんど、どこの家も稲刈りが終わったのか、風がひゅうひゅうと力なく田んぼを通り過ぎていく。
春菜は田んぼの中に、ぽつんと出来た無人の道路をすいすいと進みながら、田んぼを数えていった。ここは二軒先の田中さん家の田んぼ、飯田さん、大杉さん。この道路を作る時、大杉さん家は行政からえらい額の金を受け取った、と祖父母達が事あるごとに話していた。
春菜はあの時、いつでも自分の我儘を聞いてくれる優しい祖父母が初めて見せる顔に、口を閉じた。
根も葉もない噂とはよく言うが、残念なことに、噂はこの田舎の土にしっかりと土着していた。きっとこの先も、刈り取られることはないだろう。この道路に面した畑や田んぼを所有している家は、なんとなく遠巻きにされている。
そのせいか、春菜はここら一帯の田んぼの所有者を空で言える。車も通らない、人と擦れ違うこともない通学路の暇つぶしだった。
誰かの田んぼを通り過ぎるたびに、老人達の噂話を思い出す。今、通り過ぎた沢田さん家は、三十過ぎの息子が都市部からUターンしてきたかと思ったら、そのまま引きこもりになってしまったらしい。ものすごくどうでもいい話だ。
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