衣替え

3/7
前へ
/77ページ
次へ
 人気のない暗い雑木林に春菜は自転車を止めると、セーラー服のポケットから学校で禁止されているアイポッドとイヤホンを取り出した。  朝だというのに、今日から衣替えだというのに、辛気臭い通学路だ。しかも、辛気臭い要因は他にもある。  爽やかな朝のはずなのに、灰色の曇り空。それと同じ色をした、乾いてひび割れた田んぼの土。雑木林に不法投棄された粗大ごみから発せられる悪臭。  そして春菜が何よりも嫌っているのは、今着ている高校の冬季用セーラー服だ。紺色とされているが、黒に近いそれは春菜の膝をすっぽりと包み、暗い雑木林に同化していた。  冬の薄暗さによく似合うこの制服で卒業式に出るのかと思うと、半年後が憂鬱になってくる。大学受験も、あと半年を切った高校生活も、滞りなく終わって欲しい。いつの間にか冷たくなった指先でアイポッドを弄りながら、春菜はイヤホンを耳から外し、ポケットに終いこんだ。この気分を上向きにしてくれる曲なんかなかった。  大人しくサドルに跨り、ハンドルを握ると、冷たくなっていた。                 ・・・  駐輪場で自転車のロックを掛けていると、大きな風が馴染んだ香りを運んできた。何も考えずに、前カゴにスクールバッグを突っ込んだまま、てぶらで体育館の方へ歩いて行った。  匂いの元は体育館のすぐそばに植えられた金木犀だった。強風に煽られ、葉が生い茂る頭をざわざわと揺らしていた。  近寄り目を凝らすと、枇杷色の小さな花が咲き誇っている。指で摘まむと潰れてしまうんじゃないかと危惧するような、繊細な花。  こんなに小さくても、花の形になっていることに興味を掻き立てられた。  まじまじと覗き込んでいると、今までにない突風が吹いた。衣替えをした冬服の重たいスカートがふわりと浮きあがる。金木犀の木々がうねり、繊細な花はぽろぽろと足元へ落ちて行った。  風が冷たい。冷えた指先に息を吐きかけた。もう手袋が必要な季節はすぐそこまで迫っていた。風を冷たく感じるようになるこの時期に、金木犀の花は満開になる。  甘いのに、冷たい香りに鼻腔がむず痒くなった。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加