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鼻を啜りながら、金木犀が続く道をゆっくりと歩いた。足元をよく見ると、艶やかな深緑色の葉が大量に散らばっていた。今は淡い色をした花が、萎びていくのもそう遠くないと思った。
葉を踏みつけていく雑多な足音と、木々のざわめきに混じり、人の声が聞こえた。
ねぇ!昨日さ……
うん、どうしよう。やばいよぉ
信じらんない。ね、嘘でしょ?
うぅん、ほんとらしいよ。
なんで?ねえなんで?
わかんないよぉ。こんなことありえない!
でも…ほんと、なの
うん、そうらしいよ。夕方に救急車来てたって……
昨日、課外にいなかったよね……
なんか、保健室に行くって言って、抜けたんだって
じゃあ、そのまま…?
なんだった…の?
…その、自分の部屋で…らしいよ
…部屋…?
うん、そこで
ざわめきが一段と大きくなった。耳の辺りで舞い上がる髪を押さえた。若い葉っぱを踏み付けると、くぐもった音が聞こえた。落ち着かない。
ねえ
なに
金木犀の匂いと共に本のインクの匂いがする。それに、ほこりっぽい。もう長いこと使われずに、ただ並べてあるだけの机。窓から降り注ぐ日の光が、本の背表紙を照らす。
どうして?あんなにすごい人が…
わかんないよ……何か悩みがあったのかな
大学、ほぼ決まってたんじゃないの?
彼女、辛いよね…
風が吹くたびに、花の香りが遠くへと霧散する。木の下へ来ると、噎せ返るような香りがした。枯れる寸前の金木犀は、腐りかけの果物によく似ている。
ねえ
なに
どうすればいいんだろうね
締め切られた窓が開けられる。指で押さえていなかった文庫本のページが、捲りあげられていく。密室に微かな香り。甘ったるくて、明日は衣替えだと教えてくれた。
ねえ、 覗いたら駄目だよ
足元の焦げ茶色のローファーに、金木犀の花が降り注いでいく。そのうちの幾つかが、ローファーの中に転がり込んでいった。
そうしないと
「春菜」
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