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随分後ろのほうから名前を呼ばれたと思い、振り向いたと同時に、土谷春菜は目を覚ました。隣の席に座る久保田莉奈が、笑いを堪えるように、上唇を噛みしめていた。
「え、」
「もう授業、終わったよ?」
莉奈の声にぼやけた目を指で擦ると、徐々に頭の感覚が戻ってきた。さっき昼休みに莉奈と大学の食堂で学食を食べ、3時限目のフランス言語の授業を聴いていた。
「わたし、何分ぐらい寝てた?」
春菜は焦点の定まらない目で、なんとか莉奈の視線と合わせた。どこが記憶で、どこまでが夢だったのか、春菜の名前を呼んだのは、本当に莉奈だったのか。
「終わりかけの十分ぐらいだよ」
「そう」頭がくらくらする。思わず額に手を置くと、莉奈が心配そうに肩を叩いてきた。
「大丈夫?もしかして体調悪かった?」
莉奈がつけ睫毛をした瞼を、激しく瞬かせながら、春菜の顔を覗き込んできた。彼女とは前期から同じ授業を取っていたのがきっかけで、仲良くなった。実家の埼玉から一時間以上かけて、電車で来ていると聞いた時は驚いたが、それが普通だと言われ、春菜はもっと驚いた。
なんせ春菜が高校まで過ごした場所は、駅自体がなかったのだから。
全身をリズリサで固めた莉奈は、いつ合っても、メイクから服装までばっちりと決まっていた。
隙のない恰好に、最初は近寄りがたさを感じていたが、話して見ると彼女はとても気さくで、優しかった。頭痛のする頭を刺激しないよう気を付けながら、頭を横に振った。
「大丈夫。多分、夢みてたせい」
「あんな短かったのに?春菜が授業中、寝るって珍しいよね…何の夢見てたの」
「なんか…夢っていうか、高校の頃の記憶。同級生がもうすぐ卒業って時期に、自殺したの…その時の記憶がなんでか、出て来た。」
春菜は目頭を押さえながら、うめくように言った。そう、次の日だったか。自転車で学校に着くと、その話題で教室は持ちきりだった。
莉奈は呆然とした表情で、マスカラが塗られたまつ毛を瞬いた。「いじめ、とかが?」と囁くように言った。
「そんな話も聞かなかったんだよね。生徒会長で男女ともに好かれてて、W大に推薦決まってて……うん、我が校を代表する生徒というか。あの有名な少女漫画に出てくる登場人物みたいだったよ」
と春菜は某有名漫画に登場する、暗かったヒロインを救う爽やかキャラの名前を出した。
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