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「じゃあ、突然だったんだ」
「うん…うん。そう、だね。突然だったかな……変な話しちゃったわ。次、莉奈あるんだよね」
ズキリと頭に、釘を打ち込まれたような痛みが走った。春菜は左側の頭部に手を添えた。
「うん…英語。春菜は、今日はもう終わり?」
「うん。ちょっと三省堂に寄る」
頭痛を意識しないよう、春菜は卓上に散らばった、シャーペンや日付だけが書かれた真っ白いルーズリーフをバッグに閉まった。その時、あの懐かしい香りがした。
「……ねぇ」
莉奈が気遣うように声をかけてきた。
「うん?」
「夢に出てくるぐらい、ショックだったんだね。トラウマになってる?」
「うーん、そういう訳でもないような。同級生って言っても、ほとんど接点なかったし」
「でも……深層心理なんじゃ……」
眉根を寄せて、痛ましそうに見る莉奈に、ぎこちなく首を傾げた。まだ、金木犀の残り香が残っている気がした。
夢の中で口にした食べ物の味や香りが、目を覚ましても生々しく残っていると、不思議な感覚に飲み込まれていく。春菜はいつか読んだ、漫画『あさきゆめみし』の六条御息所を思い出した。
あれはくちなしだったか。
春菜はくちなしの匂いを嗅いだことがなかった。グッチの香水なんかにも使われているから、きっと華やか匂いなのだろう。
春菜は、心に暗い影を落としていった金木犀の香りを、忘れようとした。
莉奈と階段で別れると、春菜は玄関に向かった。人がひっきりなしに出入りする大学の玄関は、自動ドアなため風が入り込んでくる。
まだあの芳香がする。
幻聴や幻覚の類がない春菜は、自分自身の感覚に戸惑いながら、外に出た。生ぬるい風が、春菜の横を通り過ぎていく。もうすぐ衣替えの季節だと思いながら、徐々に頭が冴えていく感覚があった。
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