序章

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 プラシーボ効果という言葉がある。  偽薬(プラセボ)が語源となっているそれは、例えば本来なら効果が無い薬を飲んで熱が下がる。目隠しをした被験者に熱した鉄の棒を当てると言い、代わりに『ただの木の棒』を当てるとその箇所が水ぶくれを起こし火傷する。といった、『自分の体だけ』に作用する、完全なる『思い込み』によって引き起こされる効果のことだ。  そしてその効果は、当然人間の『自分の体の一部』となった物質にも及ぶ。  人類は自分の体の外に自分の電子信号(感情)を送ることで。  あたかも見えない手を伸ばしたかの如く、人間の脳から出た電子信号が床を伝い、テーブルの上のリモコンを操作し。  あたかも元々自分の体だったとでも言うように、体外の物質を自分の体に取り込み、自分の体を変異させた。  人類は脳から電子信号を体の外に送り、物質を自分の体と思い込むことで人間の体を拡張するこの技術の名前を、偽薬効果(プラシーボ・コンプレックス)と名付けた。    人類は隣の芝に自由に移動でき、幸せの青い鳥を自分の中に見つけることが出来るようになった。    人間に自分の体と誤認された物質を、それを取り込んだ人間の思い込みの力で物質変化を引き起こすという画期的なこの技術は、人類がモノを扱う時の利便性を著しく向上させ、肉体的な劣等感を人類から解き放つと絶賛。世界中で研究が進められていった。  こうして、瞬く間に偽薬効果の研究が進められた事で――    人類は隣の芝を蹂躙し、幸せの青い鳥を細切れの挽肉へと変えていった。
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