第一章 視点:鈴鳴涼樹

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第一章 視点:鈴鳴涼樹

 東京都区部は、現在でも過去の区分分けを踏襲し、二十三区存在している。  その中の第二十三区に自分の出頭先があり、そこは別名江戸川区とも呼ばれていた。  夏というよりまだ春に近い朝の日差しを浴びながら、自分、鈴鳴 涼樹(すずなり すずき)は出頭先、つい二ヶ月前に卒業した第二十三区訓練学校の校門前で歩みを止める。  別名、江戸川区総合管理病棟と呼ばれているだけあり、この訓練学校の外観はある種暴力的なまでに、病的なまでに白一色で塗り尽くされていた。今日は完全休校日ということもあり、校舎の中にも、既に花を散らせた桜の樹が立ち並ぶ校庭にも、学生の姿は何処にもない。  そんな自分の母校を見上げても、自分の心は少しも動かなかった。それは自分がここを卒業して間もないという事もあるが――  ……そもそも自分の中には、もう感情というものがないでありますからな。  自分の事を、機械よりも機械らしいと最初に言い始めたのは、確か訓練学校の同期だったはず。それを聞いた時、これ以上自分を的確に示している表現もないと、大賛同したものだ。  とは言え、その同期はもうここにはいない。自分と同じく二ヶ月前に訓練学校を卒業し、現在も『前線』にて激しい戦いを繰り広げている事だろう。自分も二ヶ月前は同じく別の『前線』に立っていたのだが、自分はそこで、ある重大な命令違反を犯した。  その結果、一ヶ月の禁錮刑を経て要再訓練という判断が下され、こうして二ヶ月ぶりに第二十三区訓練学校へ返って来たというわけだ。  久しぶりに袖を通した、藍色に染められた訓練学校の制服をなびかせながら、自分は校門をくぐっていく。花弁を散らせた桜の枝葉から木漏れ日が溢れ、どことなく白衣に似た形状をしているそれを、優しく照らしていた。  桜の木々が風に吹かれ、夏がすぐそこまで訪れていることを感じさせる若葉が、ゆらゆらと揺れている。その木々の間を縫うように、あるいは木々を揺らしていたのは風ではなくこの存在だったのか、突如、肉食獣じみた凶暴さを持つ何かが、自分の前に飛び出して来た。
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