第一章 視点:鈴鳴涼樹

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 獰猛なそれが振り下ろしてくる片刃の大剣を、自分は懐から取り出した漆黒の短剣で受け止める。金属同士がぶつかり合ったかのような甲高い悲鳴を聞きながら、自分は襲撃者の姿を確認した。  相手は、人間。性別は男性。目が痛くなる程の金髪をオールバックにした彼が着ている衣服は、自分の着ている制服とは色違いの朱色だ。乱暴に着崩されたその下には、岩肌のように鍛え上げられた筋肉が覗いている。鍔迫り合いをしていると、男は蒼色の瞳でこちらを睨みつけ、苛立たしそうに問いかけてきた。 「偽薬効果と、それが登場したことで世界に与えた影響について述べろ!」 「……何でありますか? その問は。漠然としすぎていて、回答範囲が絞り切れ――」 「いいから答えろっ!」  男が手にした大剣に、力を込める。刃を万力で締め上げたような音が、右手に持つ短剣から聞こえてきた。このままでは自分の得物がへし折られると判断し、自分は刃が潰されたような、刃で切れないように鞘と一体化された様な不格好な大剣を、いなすように弾く。 「偽薬効果がもたらした今の世界は、簡単に言えばモノをヒト化した世界でありましょう」  話しながら距離を取ろうとするも、弾いた大剣が信じられない速度で眼下に迫っていた。受け止めても、さっきの二の舞いになる。相手の振るう大剣が自分の体を捉えないよう、短剣で受けるのではなく流すように、軌道を変えていく。それが二合、三合と剣戟が続く中、自分は足を校庭に向け、開いた口を閉じようとはしなかった。 「人間の脳からの電子信号を送り、自分の肉体を拡張する。言葉にすればそれだけでありますが、無論何でもかんでも自分の体として取り込めたわけではないのであります。人間の脳から配信された電子信号をモノに伝える、モノとヒトの仲立ち的な存在が必要になったのでありますよ」 「その物質の名前は?」 「偽薬物質(プラシーボ・マテリアル)であります」  質問と共に放たれた男の横薙ぎを、自分は質問に答えながら跳躍で回避。男が振るう大剣が自分の足元を通過する前に、それを足場にして更に跳躍し、自分は青葉を生い茂らせた桜の樹へと身を躍らせる。
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