第一章 視点:鈴鳴涼樹

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「人間がどのような感情を引き出すのかは、偽薬制御棒によって決められていた時代もあったようでありますな。嬉しいときには喜の偽薬制御棒を、哀しいときには哀の偽薬制御棒を偽薬制御装置に挿入し、人間の脳を含め、体全てを昔で言う所の生体機械(バイオ・コンピュータ)として扱っていた時代もあったと、教官の授業で習ったのでありますよ」 「だが、そんだけ感情を抑止(ディター)すりゃ自己不認識問題は起こさねぇが、その行為はモノをヒト化するためにヒトをモノ化することになるっつーことで本末転倒だ、って話になったんだよ。今では汎用化が進み、喜怒哀楽などの感情表現は一本の偽薬制御棒で済むようになった!」 「それでもどの感情が抑止し辛いかは、人によって異なるものであり、人間の感情を完全に抑止、消し去ることはほぼ不可能。残った感情が、今の人間の個性となっているのでありますが……」  言い淀む自分に、教官が苛立たしげに声を荒げる。 「だからなんだ? あぁ!」 「教官のそれは、怒の方面に偏り過ぎでありましょう」 「うるせぇなぁ! 今の時代、制御されて尚出せる感情の強さが力の強さなんだ。これぐれぇの感情出せねぇようなら、『病院(ホスピタル)』に任されてる訓練学校の教官なんぞ勤まるかっ!」  教官が罵声を上げた瞬間、彼の首筋から紫電が一瞬、舞い散った。その直後、教官が投擲し、地面に突き刺さったままになっていた大剣に変化が起こる。剣の刃の部分が、展開したのだ。  潰されたような、鞘と一体化したようなそれは、まるで拘束具から解き放たれた獣のように紫電を湛えた刃と化し、地面から解き放たれた。更に放物線を描き空に浮き上がった大剣は、まるで飼いならされた鷹が主人の元へ馳せ参じるかのごとく、教官の手元へと戻っていく。  教官が、偽薬効果を使ったのだ。教官は偽薬物質が撒かれ、偽薬網となっている地面を使って自分の電子信号(感情)を送り、大剣を操作したのだ。  とは言え、誰もがこれ程上手く偽薬効果を使えるわけではない。教官の偽薬効果を見ていた自分の口から、知らず知らずのうちに溜息が零れ落ちる。
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