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親父が『水の精』みたいだと例えたその人は、薄青い大地に舞い降りた。本当に、『青の精霊』みたいだった。
白いノースリーブのたっぷりと襞の入ったワンピース。膝下あたりから伸びるほっそりと形の良い脚は、ふくらはぎから足首にかけて上品な弓なりになっている。白のサンダルがよく似合う。ほっそりした腕と首筋。純白の雪に薄紅色を一雫垂らして混ぜたみたいな肌は、まるで白桃みたいに瑞々しい。小さな卵型の顔の輪郭を縁取るのは漆黒の艶髪だ。これがきっと、緑の黒髪ってやつに違いない。それが腰のあたりまで小さな滝みたいにサラサラと流れて、初夏の風に揺らめいている。
つば広の淡い水色の麦わら帽子が、その人の彫の深い顔立ちをより際立たせる。これが、親父との縁結びとなったのか。
スラリと通った高い鼻筋、形よく整った漆黒の眉。淡紅色の唇は小さめで、昔の銀幕の女優みたいに形が良い。バッチリと生えた長い睫毛は、上向きにくるりとカールしている。その漆黒の睫毛に囲まれた瞳は、クッキリした二重でやや切れ長気味の瑠璃色だった。朝露に濡れたカワセミの羽の色だ。
ネモフィラの花が一面に咲き乱れる大地。水色の空を背景に立つその女は、『青の化身』と例えるに相応しい。青い湖、南の島の海の透き通った淡い青、深海の深い青。その全てを総称した『青の精霊』だ。
「初めまして。真彩・フォレストと申します」
あぁ、なんて穏やかで優しい声なのだろう? 高くもなく低くもない。それでいてよく通る不思議な声色。まるで横笛の音色みたいだ……。
落ちた。
完全に落ちた。
俺は出会った瞬間、恋に落ちた。
それは稲妻に打たれたような衝撃ではなく、正に恋の底なし沼に落ちた感じだった。
一度足を踏み入れたら抜け出せなくなる恋の罠。互いに落ちれば這い上がる事は難しい。薔薇色の沼なら浮上は可能だ。けれどもそれは、青く冷たい沼だった。手をこまねいているのはローレライ。甘い声と美貌で誘い込み、海に引きずり込む魔物だ。
その人は、恋をしてはいけない相手だった。
「初めまして、紫音です」
辛うじてそれだけ答える。何故こうなった? つい今朝までの俺に、記憶を手繰り寄せた。
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