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心が満たされる、恋愛──…
澄友の言葉は、有理の胸に響いた。
(分かる気がする。 父さんの、気持ち)
遥と出会った瞬間から、有理は言葉にしがたい想いを抱き、ずっと心に『松山 遥』という存在を留め置いていた。
なんでもないふとした瞬間に遥のことを思い出して、笑ったり。
遥を思い出した心が優しくさざ波立つのと同時に、自分ではどうしようもないくらい嬉しくなって…ドキドキして、浮き足だったりした。
そんな気持ちにさせられたのは、遥が初めてだった。
だから…
不思議と今の澄友が語る言葉がすとんと胸に落ち、理解できた気がした。
「…しかし母さんと結婚するのには、難しい問題が幾つかあった」
そんな感慨に耽っていた有理の耳に、沈んだトーンで話す澄友の声が届き、はっとする。
「早織は、世にいう深窓のご令嬢なのに対し、私はしがない名も知れぬ絵描き。 身のほどを知れと早織の血縁者から罵り嘲笑われるたび、いつか私を笑う者を見返してやると向きになったものだが…そんな思いばかりが先走って、結局何もかもが上手く行かなかった。 私は…若すぎたのだよ、何をするにしても」
一息に話し切った澄友は自身を嘲笑するような笑みを口元に湛えると、波立つ胸の内を落ち着かせるため、眼前に広がる緑へ視線をあずけた。
「そう…私も早織も、若かった。 それ故にどうしていいのか、どうすれば上手く立ち回れるのかが分からなくなり──私たちは手に手を取り、駆け落ちした」
「…」
駆け落ち──耳障りの良い言葉に聞こえなくもないが、要するに、現実から逃げただけだった。
愛し合う二人が手を取り支え合い立ち向かうのではなく、その愛を片棒にして暗がりに沈む闇夜に自ら望んで迷いこんだだけ、だった。
「行く当ても、頼る人もないのに、私たちは無計画に逃げた。…一体それがどんな結末を招いたのかは、当時を知らない有理でも、予測がつくだろう?」
「──…見つかって、連れ戻された」
自分を見ないその顔が僅かに上下し、そうだ、と、有理の言葉を肯定する。
「私には、どうすることもできなかった。 早織は高田家へ連れ戻され、私たちの未熟な愛は、たくさんの大人たちによって引き裂かれた」
言葉を刻む口元が戦慄く。 澄友自身もその震えに気がつき口元を手で覆い隠すと、細くため息をついた。
「どんなに愛していても、愛する気持ちひとつでは周囲の理解をえることができなかった。 でも私は早織を諦めるつもりはなかったし、早織も私のことを…変わらず、愛していた」
愛している──その言葉で母である早織のことを語る澄友の表情が甘く緩むのを、有理は見逃さなかった。
…時が、経ち。 今までどんな過程を経てここに辿り着いたのかを振り返っても、その愛情は澄友の中で廃れることなく存在していたのを目の当たりにした有理は、目眩を覚えた。
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