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「泣いて、縋ることでしか早織を取り戻す術がなかった私に救いの手を伸べてくれたのは…松山先生だった」
父親の深層心理に触れ、得も言われぬ感情に瞠目する有理を尻目に、澄友は話し続けた。
「私も遥と同じように、幼い頃相次いで両親を亡くしたんだが、歳の離れた兄が私の親代わりをしてくれていた。 しかしその兄は小さな町工場でその日暮らしの日銭を稼ぐのがやっとという生活ぶりで、どんなに力添えしてくれようとも焼け石に水状態で稼ぎは消え行き、兄に頼るしかない己れの力不足に、絶望する日々だった」
寄る辺ない日々。 歯痒さばかりが蓄積して行く毎日に、何度も心が折れかけた。
もう駄目だと諦め、膝をつき、心身共に倒れかけた、ある日。
澄友に、光明となる救いの手を差し伸べてくれた人が、現れた。
その人こそ…澄友の師匠でもある松山千里だった。
「遥の養父になることも快諾してくださった松山先生が、挫けかけた私を救ってくれた」
一度も弟子を持ったことのなかった千里は、澄友の才能を信じ師匠になっていたのだが、自立するまでには至らない澄友の窮地を憂いただけでなく、何も手につかず暗い顔色をしていた澄友を連れて高田家の門扉を潜り、
『この青年には数多いる人にない才能があり、未来がある』
と言って胸を張り、高田家の奥座敷に広がる畳みに直座りさせられた屈辱すらものともせず、朗々とした声で澄友を賛辞してくれたのだった。
──決して忘れられないあの日のことを…澄友は、まざまざと思い出す。
「私には、未来がある。 決して無力な、何も為せない人間ではない──高田家の面々の前で、先生はそう言ってくださった」
その時の記憶を鮮明に思い出した澄友の瞳が、涙で潤む。
その目にテラスへ入り込む日が射し…きらきらと、輝かせた。
「今はまだ経験不足が邪魔をして成功の証が見せられないだけなのだから、何も無闇に拒まなくても良かろうと…熱心に語る松山先生の言葉に心を打たれた高田家の人たちは、先生が後見人になることを条件に、私たちの結婚を認めてくれた」
だから本当に松山先生は私の恩人であり尊敬する人なのだ──そう話す澄友の横顔を見ながら、有理は温厚で人好きしそうな千里の顔を思い出していた。
身内でも、ましてろくな稼ぎもなく一人立ちすらできていない青年を受け入れてくれただけでなく、愛する気持ちひとつを掲げ生きることしかできない男の身元の保証まで約束をしてくれた人。
その懐の深さで、身元も、その出自も判然としない拾い子である遥を、養子として引き取ってくれた──優しい、人…
見た目以上の柔和さで包み込んでくれている千里の優しさを感じた有理は、胸の中で感謝の念を送ったのだった。
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