Act.4 君に捧げるこの気持ち

26/40
前へ
/222ページ
次へ
  「松山先生のお力添えで、晴れて私たちは結婚することができた。 そればかりか病弱な長兄に代わり、高田の名を後世へ残すため婿入りしてくれないかとまで言われた私は、一も二もなくその提案を受け入れ、与えられた家屋敷へ移り住み…有理、お前が生まれ、美侑が生まれ──幸せで、穏やかな時を過ごした」 「…」  ずっと笑顔で話してきた澄友の横顔に陰りが走る。  その理由に感づいた有理の胸が、ズキリと痛んだ。 (あのポートレートが、母さんに見つけられてしまった…)  幸せだった時が終わる。 その終焉を悟った胸の痛みは、澄友に対する同情からくるものではないことを、有理は感じていた。 「日々の何もかもが順調に進んで行き、私の描く絵にも幾ばくではない値段がつくようになり、それと足並みを揃えてスポンサーになってくださる方々に恵まれ始めた頃…たまたま目にした新聞で、フランスで起きた爆弾テロのニュースに嫌な胸騒ぎを感じて調べてみた死亡者リストの中に、彼女──ユーリーの名前があった」 「…っ」 「外れなかった嫌な予感と、その名前を見つけたあの時の居たたまれない気持ちで板挟みになった私は、もうこの世に彼女はいないのだと悟り…美しい記憶で彩られた思い出が、消え行く気配を感じた。 だから──その失われ行く情景をこの世に留めておくために、私はあの絵を描き始めたのだ」  …だがしかし。  ユーリーの絵を描き始めてすぐ、澄友の絵に次々と買い手がつくようになり、忙しない日々を過ごさなくてはならなくなってしまった。  それに…描いている絵の経緯を早織に伏せたまま絵を描くことに、澄友は抵抗を感じていた。  早織が知らない、澄友が一時的に想いを寄せていた…異国の女性の絵。  僅かながらに抱いた後ろめたさからも、ユーリーの絵を描く筆の進みは、仕事と相まり鈍かった。 .
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!

379人が本棚に入れています
本棚に追加