Act.4 君に捧げるこの気持ち

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  「人一倍愛されたがりで、嫉妬深かった早織の目を盗みつつ、仕事の合間に隠れてユーリーの絵を描き続けた。 そしてその絵へ『初恋の君に』と書き添えられたのは、数年の年月を重ねてやっと描き上がる間近のことだった。 だが──その未完成の絵は、ある日突然、無惨に切り裂かれてしまった…」 「…」  今でも有理は、その無惨に切り裂かれたポートレートを思い出すことができた。  書斎兼アトリエとして使われていた部屋にはスケッチブックから無造作に切り離された紙が幾枚も床に散らばり、パレットに収まりきれなかったカラフルな油彩があちらこちらに溢れ、それらが混じり合うことで生まれた独特な香りに満ちていた。  その片隅にある、絵の具で汚れた机の上に積み上げられた本を背にして立て掛けられていた、無惨に切り裂かれた痕があまりにも痛々しく目に写った、ポートレート。  その時見た映像が今でも海馬に焼きついているほど、描かれた絵とその傷は、強烈な印象を有理に残した。  ただ一度目にしただけの有理が忘れられずにいるのに、想いを込めて描いていた澄友はきっと、その何倍もの想いを引き裂かれたあの絵に持っているだろう。  そう思うだけで言葉が胸に詰まり…声が、出せなくなる。 (母さんがしてしまったことも、理解できなくはないけど)  今はどこか遠くに意識を彷徨わせ、現実世界にはいない母親の顔を思い出している有理の隣でゆっくりと息継ぎをした澄友は、再び話し始めた。 「思い出を全て塗り込めるつもりで、私はあの絵を描いていた。 だからもう、二度とユーリーの絵は描けないことを私は知っていた。だから…あの日、早織があの絵を傷つけたと知って、立ち上がれなくはるほどのショックを受けた」  二度と会えないばかりか、二度と描くことのできない『美しい思い出』。  その(よすが)すら永遠に失ってしまった澄友の思い出は、  愛する人の手によって──消し去られてしまった。 .
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