Act.4 君に捧げるこの気持ち

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  「──…」  アトリエと地続きになっている書斎で暖炉と向き合い、愛用のパイプから紫煙をたなびかせていた千里の耳に、 「出かけてくるッ!」  と、怒鳴るように外出を告げる遥の声と、乱暴に閉ざされるドアの音が届き、体を預けていたロッキングチェアから背中を浮かせ、立ち上がる。 (…やれやれ)  ここで穏やかな歳月を重ねたことで、少しは大人しくなってきたかと思っていたんだがな、と一人ごちながらパイプを片手に遥がいたテラスへ足を運ぶと、一足先に二階から降りてきていた紅司が、遥が残していった手紙を拾い上げて読んでいる姿を見咎め、口を開く。 「こら。 人の手紙を勝手に読むんじゃない」  そんな躾をした覚えはないぞ、という気持ちを込めた眼差しでこちらを見た紅司を軽く()めつけると、紅司は 「分かってます」  と千里に黙礼して謝ると、切なげなため息を零した。 「ただ…熱烈な口説き文句が書き連ねられているなと思って。 完全に僕は、敗者ですよ」  遥に対する想いを口にしなくとも、その好意が周囲の人間に知られているという自覚のあった紅司はそう言うと、手にしていた一枚目を千里に押しつけ、次の手紙に目を通し始める。 (…全く)  注意したにも関わらず、読み止めようとしない紅司の態度に呆れ返りながらも、寄越されたその手紙に目を通し始めるのだから──人間の好奇心とは、恐ろしい。  好奇心に敵わず、手紙に綴られた文面を首からぶら下げていた老眼鏡をかけて読み進めていた千里の口角が次第に上がり──…  物語の終着が幸福であることを喜ぶ笑みが、浮かんだのだった…… .
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