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初めてキシの部屋に泊まった時、僕は朝早くに目を覚まし、みていた夢の終わりが悲しくて涙を堪えていた。窓の外から鳥の声が聞こえるが、日の出はまだだ。
寝ていたキシがふと腕を伸ばして、僕の顔に触り、
「えっ」
と寝ぼけた声を出した。
「どうした?大丈夫?」
「ん」
「何だよ。どうしたの」
「夢みた」
キシは、うーんと唸りながら腕枕をしてくれた。僕はキシの胸に手を置いて、彼がまた眠るのを見ていた。
夢の悲しさは体じゅうに染み込んで、消え去るまでには時間がかかる。
4月の夜、キシはエレベーターの中で、突然僕の頬に手の平を滑らせ、唇を重ねてきた。すぐに彼は離れ、扉が開いた。キシが先に降りた。
雑居ビルの一階で、小さなエレベーターホールの外には、たくさんの人が行き交っている。
「いやだった?」
と言いながら、キシが振り向く。
驚いたままで、声が出なかった。
「ごめん」
と続けてキシが言うので、慌てて、
「あっ、いやではない」
と言った。
「じゃ、うち来る?」
「えっ」
「来なくてもいいけど」
「…えっ」
キシは壁にもたれかかり、エレベーターの上の階数画面に目をやった。振り向くと、今、7階から下に向けて下り始めたところだった。
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