877人が本棚に入れています
本棚に追加
/351ページ
「日夏、先行け」
「え?」
「お前の上に俺が落ちたら、ことだろ」
「丈さんが?」
想像して思わず笑った日夏に、丈も笑う。大きな手に背中を押されて、雪の積もった階段を一段、二段、慎重に上る。二階の廊下の蛍光灯が一つ切れかけていて、ちか、ちか、と空気が明滅している。日夏を抱くように真後ろに続く丈が、手すりに積もった雪を払ってくれる。現れた剥がれかけのペンキではなく、その上の冷たい手に手を重ねると、優しく握られて、日夏は耐えきれずに振り向いた。
鼻先が触れ合うほど近くに、丈の顔がある。少し驚いたように片眉が上がった。
「なんだ?」
「高さ、ちょうどいいですね」
「お前なあ」
苦笑を刻んだ丈の唇に、前触れなく唇を寄せる。かさついた表面が擦れて、それからすぐに、温かい粘膜が合わさる。軽く吸って、弱い下唇を舌先でなぞって日夏を感じさせると、今度は少し強く吸う。二人分の息が湯気のようにぼんやりと広がって、離れ際、真っ白になった。
「大胆だな」
揶揄うように笑う振動が、繋がった手から、触れた胸から伝わる。いつでもひたひたと感じていて、自分でも、いつ溢れるかわからない気持ち。
恋しいのだ。
最初のコメントを投稿しよう!